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東京地方裁判所 平成2年(ワ)12889号 判決

甲事件原告

野澤保雄

乙事件原告

島田ふみ

右両名訴訟代理人弁護士

藤井正博

松澤建司

被告

浜崎文則

浜崎裕子

右両名訴訟代理人弁護士

伊東章

右訴訟復代理人弁護士

松山正一

主文

一  原告野澤保雄と被告らとの間において、別紙物件目録一記載の土地のうち別紙第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イ点を順次結んだ直線で囲まれた土地(面積41.98885平方メートル)について、原告野澤保雄が通行の自由権を有することを確認する。

二  原告島田ふみと被告らとの間において、別紙物件目録一記載の土地のうち別紙第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イ点を順次結んだ直線で囲まれた土地(面積41.98885平方メートル)について、原告島田ふみが通行の自由権を有することを確認する。

三  被告らは、別紙物件目録一記載の土地のうち別紙第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イ点を順次結んだ直線で囲まれた土地(面積41.98885平方メートル)上にある工作物(土盛をして竹笹及び杉の幼木を植え込み、その周囲を長さ六〇センチメートル、幅一五センチメートル、高さ二〇センチメートルのコンクリートブロックを二、三段に積み重ねて囲んだもの)を撤去せよ。

四  被告らは、原告野澤保雄及び別紙物件目録七記載の原告野澤保雄方建物に出入りする者が、別紙物件目録一記載の土地のうち別紙第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イ点を順次結んだ直線で囲まれた土地(面積41.98885平方メートル)を通行すること(自動車の通行を含む。)を妨害してはならない。

五  被告らは、原告島田ふみ及び別紙物件目録八ないし一〇記載の土地上の原告島田ふみ方建物に出入りする者が、別紙物件目録一記載の土地のうち別紙第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イ点を順次結んだ直線で囲まれた土地(面積41.98885平方メートル)を通行すること(自動車の通行を含む。)を妨害してはならない。

六  原告島田ふみの主位的請求をいずれも棄却する。

七  訴訟費用は、被告らの負担とする。

八  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一甲事件の請求

主文第一、三、四項と同旨

二乙事件の請求

1  主位的請求

(1) 被告らは、原告島田ふみに対し、別紙物件目録一記載の土地のうち別紙第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イ点を順次結んだ直線で囲まれた土地(面積41.98885平方メートル)について、真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記手続をせよ。

(2) 被告らは、原告島田ふみに対し、別紙物件目録一記載の土地のうち別紙第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イ点を順次結んだ直線で囲まれた土地(面積41.98885平方メートル)上にある工作物(土盛をして竹笹及び杉の幼木を植え込み、その周囲を長さ六〇センチメートル、幅一五センチメートル、高さ二〇センチメートルのコンクリートブロックを二、三段に積み重ねて囲んだもの)(以下「本件工作物」という。)を撤去して、右土地を明渡せ。

2  予備的請求

主文第二、三、五項と同旨

第二事案の概要

本件は、私道上に工作物を設置した被告らに対し、右私道を長年にわたり通行してきた原告らが通行権の確認、右工作物の撤去、妨害禁止等を求めた事件である。

一争いのない事実等

1  土地の所有関係及び位置関係

〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実(争いのない事実を含む。)が認められる。

(1) 原告野澤保雄(以下「原告野澤」という。)の父野澤保則は、昭和三二年五月二〇日、別紙物件目録六記載の土地(以下「原告野澤土地」という。)を工藤ツ子から買い受け、その後、右土地上に別紙物件目録七記載の建物(以下「原告野澤方建物」という。)を建築した。

保則は、昭和五八年四月四日に死亡し、原告野澤は、相続により原告野澤土地及び原告野澤方建物の所有権を取得した。

(2) 島田松吉(以下「松吉」という。)は、昭和二二年一一月五日、分筆前の東京都新宿区中落合四丁目一三七〇番一及び三の土地を二葉漸から買い受け、昭和三二年七月三〇日、分筆前の同所同番一一の土地(以下「分筆前の一一の土地」という。)を同人から買い受けた。

(3) 松吉は、昭和四六年六月二〇日、被告らに対し、前項の枝番一の土地から別紙物件目録二記載の土地(以下「一五の土地」という。)を分筆して売り渡し、同年八月一二日、被告らに対する所有権移転登記がされた。

また、右売買に際し、同年六月二九日、松吉が所有していた分筆前の一一の土地から別紙物件目録三記載の土地(以下「一六の土地」という。)及び同目録四記載の土地(以下「一七の土地」という。)が分筆され、両土地について、同年八月一二日、被告らに対し、所有権移転登記がされた。

(4) その結果、松吉は、別紙物件目録八ないし一〇記載の土地(以下「原告島田土地」という。)を所有することになった。

原告島田ふみ(以下「原告島田」という。)は、松吉の養女であり、平成二年四月二〇日、松吉が死亡したので、右土地の所有権を相続した。

(5) 原告野澤土地、原告島田土地、一五ないし一七の土地の位置関係は、別紙第二図面のとおりである。

2  道路の状況

〈書証番号略〉、証人亀倉美千代(以下「亀倉証人」という。)、証人篠崎徳治(以下「篠崎証人」という。)、被告浜崎裕子(以下「被告裕子」という。)本人及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実(争いのない事実を含む。)が認められる。

(1) 一六及び一七の土地(以下「本件土地」という。)は、別紙物件目録一記載の土地のうち別紙第一図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、イの各点を順次結んだ直線で囲まれた土地に当たる。

(2) 現在、本件土地は、両土地に沿ってその南側に存在する公道と一体となって幅員約四メートルの明瞭な道路の形状を有し、右道路(以下「本件道路」という。)は、東側を走る公道と三叉路の形で交差している。

また、本件道路は、原告島田所有の別紙物件目録一〇記載の土地(以下「一一の土地」という。)に連なっており、一一の土地は、その北側に隣接する同所枝番四の土地とともに通称「新目白通り」(別紙第二図面の北側の地番一三七〇番一〇、一五ないし一八に位置する。)に至る私道(以下「西側道路」という。)を形成している。

(3) 一六の土地及び一七の土地は、昭和六一年九月一一日、一五の土地に合筆され、別紙物件目録一記載の土地として合筆登記がされた。

3  本件工作物設置に先立つ被告らの訴外宮入富三に対する通行妨害行為

被告らは、昭和六一年三月ころ、別紙物件目録一一記載の土地(以下「宮入土地」という。その位置関係は、別紙第二図面のとおりである。)に居住する宮入富三(以下「宮入」という。)に対し、一七の土地を被告らに無断で通行することを禁止する旨通告し、一七の土地上に宮入土地への入口を塞ぐように幅4.8メートルにわたり三本の鉄柱をコンクリートで地中に埋め込み、鉄柱三本の頭をそれぞれ鎖で繋いで、宮入及びその関係者の一七の土地の通行を阻止した。

宮入は、被告らに対し、通行妨害禁止の仮処分申請及び本案訴訟を提起して、一七の土地についての通行権を主張して争った結果、第一審で宮入の請求が認容され、控訴審で和解が成立した。

(以上、争いがない。)

4  本件工作物の設置

被告らは、宮入と訴訟係属中の昭和六二年ころ、本件土地とその南側に走っている公道との境界に幅約一〇センチメートルのコンクリート石を埋め込んで境界線を設け、さらにその境界線に沿って、コンクリートブロック石を積み上げて一六の土地部分を囲み、その中に土を盛り上げたうえ、その盛土上に笹や杉の幼木を植え込み、その後さらにコンクリートブロック石を二、三段と積み重ねるなどしてその擁壁を高くし、本件工作物を設置した(争いがない)。

二原告らの主張

1  乙事件の主位的請求原因

(1) 松吉と被告らとの間の土地の取引

一六の土地は、これに連なる一七の土地及びその南側に沿って存在する公道と一体となって、昭和二五年一一月二三日の建築基準法施行時以前から、3.8メートルの幅員を有し、一般の交通の用に供されており、道路の形態が整い、道路敷地も明確なものであったから、右道路は、昭和三〇年七月三〇日東京都告示第六九九号により、建築基準法四二条二項に定めるいわゆる二項道路として認められたものである。

そこで、松吉は、昭和四六年六月二〇日、被告らに対し、一五の土地を代金一三〇〇万円で売り渡した際、一六の土地を原告島田らその他周辺住民の通行の用に供すべき負担付きで贈与し、所有権移転登記手続をした。

その際、松吉の知らない間に、一七の土地についても、被告らに対し、所有権移転登記手続がされてしまった。

(2) 被告らの通行妨害行為

被告らは、一六の土地が二項道路を構成するものとして通行の用に供されてきているにもかかわらず、本件工作物を設置してこれを宅地に造成し、原告島田及び周辺住民の通行を妨害している。

被告らの右通行妨害行為に対し、松吉は、本件工作物設置直後の昭和六二年から再三にわたり口頭で本件工作物を撤去するように催告したが、被告らは松吉の請求に応じなかった。

(3) 負担付き贈与契約の解除

被告らは、一六の土地の贈与に伴う負担である通行を妨害して、負担の履行を怠っているので、原告島田は、被告らに対し、平成三年一月二二日の本件口頭弁論期日において、負担付き贈与契約を解除する旨の意思表示をした。

一七の土地については、被告らに対する所有権移転登記は、誤ってなされたものであるから無効であり、原告島田は、被告らに対し、所有権に基づきその抹消登記手続を求める。

仮に一七の土地が一六の土地とともに、負担付き贈与の対象となっていたとしても、原告島田は、被告らに対し、負担の不履行に基づき、平成三年一月二二日の本件口頭弁論期日において、負担付き贈与契約を解除する旨の意思表示をした。

(4) よって、原告島田は、被告らに対し、所有権に基づき、本件土地についての真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続、本件工作物の撤去及び本件土地の明渡しを求める。

2  甲事件の請求原因及び乙事件の予備的請求原因

(1) 原告らの慣習上の通行権又は二項道路の反射的利益としての通行権

本件土地は、その南側に沿って存在する公道と一体となって、昭和二五年一一月二三日の建築基準法施行時以前から、3.8メートルの幅員を有し、一般の交通の用に供されており、道路の形態が整い、道路敷地も明確なものであったから、昭和三〇年七月三〇日東京都告示第六九九号により、建築基準法四二条二項に定めるいわゆる二項道路として認められたものであり、以来、原告ら、被告ら及び周辺住民の自動車の通行を含む生活道路として通行の用に供されてきた。

したがって、原告らには、本件土地について、慣習上の通行権又は二項道路の反射的利益としての通行権がある。

(2) 被告らの通行妨害行為

原告ら及び周辺住民は、自動車を利用して公道に出るためには、本件道路を利用するしかないところ、本件工作物設置のため、自動車が擦らないように常よりも非常に用心して通行するなど自動車の利用が極めて制限され、著しい不便ないし不利益を強いられている。

また、原告らが自宅新築のための建築確認申請をするについて、本件工作物の設置により本件道路の幅員が狭まったため、建築基準法所定の道路に敷地が接していないとの理由で確認が得られないことが確実である。

他方、本件工作物は、樹木の手入れを全くせずに、ブロックもただ乱雑に積み重ねているだけであるという状態に鑑み、被告らの建物の所有、使用にとって何ら必要性のないものであることは明らかである。

(3) よって、原告らは、被告らに対し、慣習上の通行権又は二項道路の反射的利益としての通行権に基づき、通行権の確認、本件工作物の撤去及び通行妨害禁止を求める。

三被告らの主張

1  本件土地は、二項道路を構成するものではない。

被告らが一五ないし一七の土地を購入した昭和四六年当時、これらの土地は一体となって敷地利用されており、本件土地上にも植木が多数繁っていた。そして、そのころ、本件土地に接する南側公道は既に舗装され、本件土地とは明瞭に分離されていた。その後長期間にわたって本件土地が周辺住民の通行利用に供されてきたのは、被告らが購入後一年間留守をしていた間に、松吉が勝手に一五の土地から本件土地を分離して周辺住民に通行利用させたからである。

原告は、本件土地が、東京都告示第六九九号により建築基準法四二条二項の道路として指定されたかの如く主張しているが、もともと本件土地は私道ではないのであるから、東京都告示とは何ら関係がない。つまり、二項道路ではないのである。

2  松吉と被告らの間の土地取引

被告らは、松吉から、昭和四六年六月二〇日に、一五ないし一七の三筆の土地、合計203.468平方メートルを宅地として使用することを前提として買い受けたのである。売買代金は、実測面積によって決定することとされ、坪当たり金三三万円ということが双方で合意され、その結果、土地の総面積61.65坪、代金二〇三四万円で売買されたものである。本件土地を特別に切り離し、私道として周辺住民の通行に供する負担付きで贈与されたということはない。

契約書(〈書証番号略〉)によると、被告らと松吉との間の土地売買は、一五の土地のみを目的とし、代金総額金一三〇〇万円(坪単価金二六万円)となっているが、この契約書の内容は、松吉が税務対策上作成した架空の契約である。真実の契約内容を盛り込んだ契約書は、被告らと原告島田との間で売買代金の決済が終了した際、双方の合意により破棄された。

3  通行権確認請求について

原告らがもともと被告らの所有地である本件土地を何らの対価も支払わずに自由に通行できるのは、本件土地に対して建築基準法上の通行利益確保の要請が及んでいるからである。いわば被告らに対して課せられた公法上の義務の反射的利益によって原告らの通行が認められているにすぎないのであって、その限度で通行を認めれば足りる。それ以上に私法上の通行権を認める必要はないし、それを認める根拠条文もない。

したがって、原告らの通行権の確認請求は失当である。

4  本件工作物の撤去請求及び妨害禁止請求について

西側道路は、幅員が四メートル以上あり、既に建築基準法四二条一項五号による道路位置指定を受けた一項五号道路である。そして、この道路は通称「新目白通り」に直接接しているものであって、この道路の両端に接して土地を所有している原告らは、これを利用すれば公道に出ることができるのであって、わざわざ被告らの所有地である本件土地を利用する必要はないのである。

原告らは、本件工作物撤去の理由として、自動車通行を含む生活道路としての利用が極めて制限されていること、原告らが建物を新築する際、本件工作物によって道路幅員が狭められたために接道義務を果たせず、建築確認を得られないおそれがあること、本件工作物は被告らの建物所有及び使用にとって何ら必要がないことを挙げる。

しかし、本件土地を、原告らを初めとする一般人の無制限な通行に任せておくときは、被告らは自らの費用負担で道路の痛みや荒れを補修しなければならない。被告らは、自己の所有権行使によって土地の形状、機能を維持すべく本件工作物を設置したのであり、それが原告らの最小限度の通行利益を侵害するものでなければよい。したがって、本件工作物の収去の可否は、工作物の形態、構造、通行妨害の程度、他の通行手段の有無、収去を求める者の立場等の諸事情を考慮し、原告らの通行に支障があるかどうかによって決すべきである。本件工作物が被告らの建物利用に必要があるかどうかは、収去の可否を決定するに当たって無関係である。

この観点から本件工作物の収去を検討するとき、以下の理由により、これを否定すべきである。

まず、原告らは道路の形成につき自己所有地を全く提供していない上に、本件土地の沿接敷地の所有者でもないから、一般公衆の一人として通行する利益を有するにすぎず、被告らは、接道部分の出入りの場所、間口の広さを定めるにつき、相当程度の裁量権を有する。そうすると、本件工作物とその南西に設置された電柱との間は2.2メートルであって、人の通行に支障がないのはもちろん、車両の通行にも支障がない。原告野澤所有車両の車幅は一六八メートルであって、道路幅には五二センチメートルの余裕があるから、通常の注意を払うことで通行に支障はないし、右の原告の立場からすれば、これで通行利益を十分確保されている。

また、工作物の収去によって改築の際の接道義務の確保を図ることは失当である。まず、建築基準法四四条は道路内の「建築物」又は敷地を造成するための「擁壁」の築造を禁止するものであって、それ以外の道路上の動産、工作物を含まない。本件工作物は右のいずれにも該当しないから、被告らに本条違反はない。次に、本件工作物の設置によって幅員が四メートル未満になったことから建築基準法四五条違反が問題となるが、同条に該当する違反行為は、同条に規定する特定行政庁による禁止又は制限、あるいは同法九条の定める除去命令等の公法上の是正に待つべきものであって、私人である原告らが同法違反を理由に直接排除を求め得るものではないのである。

以上によれば、本件工作物は、原告らの通行にとって何ら障害ではなく、その撤去請求は理由がない。消防自動車や救急車などの緊急車両の進入確保を考慮しても本件工作物を南北の幅二〇ないし五〇センチメートル残した残余部分の収去を認めれば足りる。

妨害予防請求についても、被告らは現在でも原告らの通行を妨害していないのであるから、将来、妨害行為に出るおそれは皆無であり、妨害予防請求を認める必要はない。したがって、この請求も失当である。

四争点

1  乙事件の主位的請求

(1) 一七の土地は、松吉と被告らとの間の取引の対象となっていたか否か。

(2) 一六の土地及び一七の土地についての負担付き贈与契約の解除の可否

2  甲事件、乙事件の予備的請求

(1) 通行権の確認請求の可否

(2) 通行権に基づく本件工作物の撤去請求及び妨害禁止請求の可否

第三乙事件の主位的請求に対する判断

一本件道路は、二項道路として指定されているか否か。

1  建築基準法第三章が適用されるに至った際、すなわち建築基準法が施行された昭和二五年一一月二三日(以下「基準時」という。)に、現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満の道で、特定行政庁の指定したものは、同法上の「道路」とみなし、その中心線からの水平距離二メートルの線がその道路の境界線とみなされる(同法四二条二項)。

右条項を受けて、東京都知事は、昭和三〇年七月三〇日東京都告示第六九九号により、基準時に現に存在する幅員四メートル未満2.7メートル以上の道で、一般の交通の用に使用されており、道路の形態が整い、道路敷地が明確であるものを、同項に基づく道路として包括的に指定している。

2  〈書証番号略〉、亀倉証人、篠崎証人及び弁論の全趣旨によれば、本件道路は、基準時以前から、幅員四メートル未満の道路の形態を整えており(〈書証番号略〉によれば、昭和二三年当時の道路幅は三メートルであったものと推認される。)、原告ら、被告ら及び周辺住民が自動車の通行を含む生活道路として使用してきたこと、昭和三二年ころには舗装され、昭和四六年に被告らが一五ないし一七の土地を購入した当時は、一五の土地と本件土地の境界には垣根が設置されていたこと、本件土地は、宮入が被告らに対し、一七の土地について通行権を主張して通行妨害禁止等を求める訴訟を提起した昭和六一年までは、地方税法三四八条二項五号により、「公共の用に供する道路」として非課税扱いとなっていたことが認められる。

3  これに対し、被告らは、昭和四六年当時、本件土地は道路の様相を呈していなかったのであり、松吉が勝手に本件土地を道路に造成した旨主張し、被告裕子はこれに沿う供述をしている。

しかしながら、被告らが松吉の右造成に対して異議を述べた形跡はないこと(被告裕子本人)、被告らが別紙物件目録五記載の建物を建築するに当たり、昭和四八年三月七日に建築確認申請をした際に添付した配置図において、本件道路を幅員四メートルの二項道路として自ら申告していること(〈書証番号略〉)、本件土地は一五の土地に合筆される昭和六一年まで非課税扱いとなっていたが、これは、土地の公共的使用という実態に着目した取扱いであることに照らして、右供述を採用することはできない。

4  以上によれば、本件道路は、建築基準法四二条二項及び昭和三〇年七月三〇日東京都告示第六九九号により、二項道路として指定されたものと認められる。

二争点(1)に対する判断

原告島田は、松吉は、一七の土地について被告らへの所有権移転登記がされていることを昭和六二年に初めて知ったのであり、一七の土地を被告らに譲渡するつもりはなかった旨主張するが、そうであれば、松吉は、被告らに対し、右登記について異議を述べてしかるべきであるのに、松吉が異議を述べたことはない(〈書証番号略〉)。

右事実に加えて、松吉と被告らとの間の土地売買契約上の一五の土地の南側私道を分筆して無償で所有権移転登記を行う旨の特約に基づき、昭和四六年六月二九日に、一五の土地が枝番一の土地から分筆されるのと同時に、一六及び一七の土地が分筆前の一一の土地から分筆され、同年八月一二日、右三筆の土地について、松吉から被告への所有権移転登記がされていること(〈書証番号略〉)、松吉が右取引の仲介業者篠崎徳治に対して一七の土地の権利証及び所有権移転登記手続を委任する旨の委任状を交付したからこそ被告らへの所有権移転登記がされたものと推認されることを総合考慮すると、松吉と被告らとの土地取引には一七の土地も含まれていたものと推認される。

三争点(2)に対する判断

1  前記認定事実に加えて、〈書証番号略〉、亀倉証人、篠崎証人によれば、以下の事実が認められる。

松吉と被告らの間の土地取引を仲介した篠崎徳治は、右取引に際し、松吉に対し、宅地部分(一五の土地)のみを売り渡し、私道についての所有権を譲渡しない場合には、買主は他人が所有する私道に囲まれた土地、いわば島を買うようなことになり、宅地の利用に支障を来すおそれがあるので、宅地と共に私道も譲渡すべきであると助言した。そこで、松吉は、被告らに対し、一五の土地の南側の二項道路を形成していた本件土地を分筆前の一一の土地から分筆して譲渡することにした。そして、本件土地は、二項道路の一部を構成していることから、建築基準法に基づく規制により、建物の敷地として利用できないなど所有権の行使が制限されることが明らかであったため、松吉は、これを無償で譲渡することにした。

そして、松吉と被告らは、右合意を明らかにするために、土地売買契約書の特記事項として、「本件の取引は有効面積一六五平方米(五〇坪)の実測売買とする。尚南側私道は同所一三七〇番七〇の二(「一一」の明らかな誤記と認められる。)から分筆 売主は買主に無償にて所有権移転登記を行うものとする。」と明記したのである。

2  これに対し、被告らは、本件土地をも売買の対象とする裏契約が存在した旨主張し、被告裕子本人は右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、証人篠崎は、松吉と被告らの土地取引について、〈書証番号略〉の契約書以外の契約書を作成した記憶はない旨証言しており、他に前記認定を覆し、被告らが主張する裏契約の存在を認めるに足りる証拠はないから、被告裕子の右供述は採用することができない。

3  そこで、本件土地の無償譲渡が負担付き贈与であったのか、単純贈与であったのかについて検討する。

負担付き贈与は、受贈者が一定の給付をする債務を負担する贈与である。

前記認定のとおり、贈与がされた当時、本件土地について建築基準法四二条二項に基づく道路位置指定がされていたため、本件土地の所有者は、公法上の規制により、本件土地を建物の敷地として利用できないなど所有権の行使について制限を受けることが明らかとなっていた。本件土地が無償で譲渡されることになったのは、そのためであると認められる。つまり、譲渡の目的物である本件土地に私道負担があるということは、契約の目的物の客観的性質であって、本件土地を一般公衆の通行の用に供するという債務を被告らに負担させるものではないと解される。

したがって、本件土地の贈与が負担付きであったとは認められないから、これを前提とする原告らの解除の主張は、理由がない。

第四甲事件及び乙事件の予備的請求に対する判断

一争点(1)に対する判断

1  前記認定事実によれば、本件道路は、建築基準法四二条二項により、東京都知事から東京都告示六九九号をもって道路位置の指定を受けたものであるから、建築規制の面からとはいえ、避難又は通行の安全のため敷地又は建築物との関係につき条例で制限を設けたり(同法四三条二項)、特定の物を除き建築物を建築し又は敷地造成のため擁壁を築造することが禁止され(同法四四条一項)、道路の変更又は廃止につき制限される場合がある(同法四五条一項)など、私権の行使に制限が加えられている上、道路交通法にいう道路と解されるから、交通の妨害となるような行為をすることが禁止され(同法七六条)、その使用に各種の制限が加えられている(同法七七条)などの諸点を併せ考えると、私道とはいえ専ら一般公衆の通行のために利用されるべきものということができる。

右のような道路の利用は、知事の道路位置指定という行政処分によって一般公衆が反射的に受ける利益であり、これによって、私道所有者と私道利用者との間に、通行地役権その他の私法上の通行権が積極的に設定されたことを意味するものではない。

しかし、右反射的利益に基づく通行利益といえども、私人の日常生活上に必須な道路利用である場合には、民法上保護するに値する自由権(人格権)として保護されるべきであり、この自由権が侵害され、その侵害が重大かつ継続のものであるときは、権利の本来的な姿を維持回復するため、右権利に基づいて妨害の排除をし、かつ、予防することができると解するのが相当である。

2  そこで、原告らにとって、本件道路の利用が日常生活上必須のものであるか否かについて検討する。

原告野澤土地又は原告島田土地から公道に出るには、本件道路を利用して東側公道に出る方法と、西側道路を利用して通称「新目白通り」に出る方法があるところ、西側道路の「新目白通り」への出入り口部分は、被告らが一五ないし一七の土地を購入した昭和四六年までには、既に道路幅が狭められて階段が設置されており、自動車の通行ができない状態になっていた(〈書証番号略〉、証人亀倉)。したがって、原告野澤土地又は原告島田土地から自動車で公道に出るには、本件道路を利用するしかない。

そして、近時における自動車保有の普及度は著しく、かつ、社会生活の機能を維持する上で自動車の果たす効用が飛躍的に増大してきていることに鑑みれば、原告らにとって、自動車で公道に出入りし得ることが日常生活上不可欠であるといえる。他方、本件道路は、前記のとおり、昭和二五年ころには既に開設され、以来、周辺住民及び一般人の自動車通行を含む通行の用に供されてきており、被告ら自身も本件道路を自動車で通行してきたのであって、本件道路を自動車が通行することを認めても、被告らにとって過剰な負担を強いることにはならない。

以上によれば、原告らは、本件道路について、自動車通行を含む通行の自由権を有するものというべきである。そして、原告らのこの通行の自由権は、単に原告ら自身の通行だけでなく、原告野澤方建物又は原告島田方建物に出入りする者の通行の自由を含むものと解するのが当然である。

3  なお、原告らが本件道路を生活道路として利用してきたのは、前記認定のとおり、本件土地が二項道路と指定されていることから、被告らが一般公衆による通行利用を受忍していたからにすぎないのであって、このようにして利用してきたことから、原告らが慣習上の通行権を取得するとは認められない。

二争点(2)に対する判断

1  次に、原告らの本件工作物撤去請求及び妨害禁止請求について検討する。

原告らは、前述のように、通行の自由権の妨害に対して、妨害者の設置した工作物等の撤去を求めることができ、また妨害禁止を求めることができる。しかし、他方、本件道路は、私権の対象でもあるから、右私道についての所有者等の権利者がその道路の管理、保全のために道路上に側壁、障壁等の工作物を設置する権限を有することが認められているといわなければならない。そこで、通行の自由権に基づき、具体的にその工作物の除去をどの程度まで認めるかは、結局、右工作物の形態及び構造、それによる通行妨害の態様のほか、これに接道する敷地保有者(一般第三者)の生活、敷地利用、他の通行手段等諸般の事情を勘案し、その通行(前記のとおり、本件では、自動車の通行も含むと解すべきである。)の必要性及び相当性に即して決することになるものと解すべきである。

2  被告らは、宮入との間の別件訴訟係属中の昭和六一年一〇月ころ、本件工作物の造成を始め、最初は、単に盛土をするに止まっていたが、その後、盛土の上に笹や杉の幼木を植え、周囲にコンクリートブロックを二、三段積み上げて次第に堅固なものとし、本件工作物を設置するに至った(〈書証番号略〉)。本件工作物のおおよその形状は、別紙第三図面のとおりである。

本件工作物は、本件道路内に築造され、本件道路の幅を狭めるものであって、道路の維持・管理のための施設ではなく、また、被告らが自己の所有権を主張するために自己所有地の一部に囲いをしたものにすぎず、一般公衆が本件土地を通行したり、駐車したりするのを阻止することを目的とするものであって、被告らにおいて生活上使用する必要のないものである(〈書証番号略〉、被告裕子本人)。

他方、本件工作物は、その性質上撤去しない限りは半永久的に存在し、移動することも容易でない工作物であり、これが本件道路内にあるため、本件道路は、幅員約四メートルのうち約2.2ないし2.4メートルしか利用できない状態にある(被告裕子本人)。そのため、大型車は本件道路を通りにくくなり、原告野澤は、従前は三八〇〇ccの大型ベンツを使用していたが、現在は二〇〇〇ccのベンツに乗り換えざるを得なくなり(〈書証番号略〉)、また、原告島田土地上に建築されたアパートの住民が火事を起こしそうになったときに消防車が進入できなかったり、霊柩車が入れなかったり、原告島田宅に救急車が入れなかったりするなど、自動車による通行は全く不可能にはなっていないものの、看過できない程度の支障が生じている(亀倉証人)。

そして、また、社会生活上自動車の使用は必須のものであるところ、西側道路は通称「新目白通り」からの自動車の出入りが不可能であるから、原告らが本件道路を自動車で通行する必要性は高いと認められ、また、防災活動のためには、本件道路を利用せざるを得ない。

右認定事実によれば、本件工作物による原告らの通行の自由権に対する侵害は、重大かつ継続のものということができる。したがって、原告らの本件工作物撤去請求及び妨害禁止請求には理由がある。

第五結論

以上によれば、原告島田の主位的請求は理由がないので、これを棄却することとし、原告野澤の請求及び原告島田の予備的請求は理由があるので、これを認容して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官近藤崇晴 裁判官伊勢素子 裁判官野山宏は、転補のため、署名押印することができない。 裁判長裁判官近藤崇晴)

別紙物件目録

一 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番一五

地目 宅地

地積 203.47平方メートル

持分 浜崎文則 三分の二

浜崎裕子 三分の一

二 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番一五

地目 宅地

地積 165.41平方メートル

持分 浜崎文則 三分の二

浜崎裕子 三分の一

三 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番一六

地目 宅地

地積 29.00平方メートル

持分 浜崎文則 三分の二

浜崎裕子 三分の一

四 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番一七

地目 宅地

地積 9.06平方メートル

持分 浜崎文則 三分の二

浜崎裕子 三分の一

五 所在 東京都新宿区中落合四丁目一三七〇番地一五

家屋番号 一三七〇番の一

種類 居宅

構造 鉄筋造陸屋根三階建

床面積 一階 65.16平方メートル

二階 55.00平方メートル

三階 31.75平方メートル

六 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番二

地目 宅地

地積 388.82平方メートル

七 所在 東京都新宿区中落合四丁目一三七〇番地二

家屋番号 一三七〇番の二の一

種類 居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 128.82平方メートル

二階 76.39平方メートル

八 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番一

地目 宅地

地積 89.09平方メートル

九 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番三

地目 宅地

地積 48.37平方メートル

一〇 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番一一

地目 宅地

地積 80.94平方メートル

一一 所在 東京都新宿区中落合四丁目

地番 一三七〇番九

地目 宅地

地積 162.51平方メートル

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